涼宮ハルヒの平日
特殊な背景をもっているみんなが集まるSOS団にとってささやかではあるがこの季節のようにのんびりした日があった。
事件が起こったとかそういうわけではないのだが優しい空気が流れていたときの事を振り返って見ようと思う。先週の事だ。
ポカポカという擬音語が何故だか妙にしっくりくる春の柔らかな日差しというものは時には猛烈な睡魔を襲撃させることもあるが今の俺にはとても落ち着いた気分にしてくれる。
春といえばハルヒで冬といえば長門だな。古泉のようなヤツは夏のいやみったらしい熱気に似ている。顔の真っ赤になった朝比奈さんは秋の紅葉を連想させる。
かといって俺は?なんて問われても特に属性のない普通の人だから季節に例えることはできないだろう。
その日は妹も母親も朝から出かけてしまっていたため俺は完全に寝坊した。いつもは妹が起こしてくれるので遅刻することがほとんどない俺としてはたまには堂々と遅刻をしてやろうと、たいして急ぐこともなく支度をして家をでたあたりで思った。どうせなら昼から学校へ行こうと。
そうして俺は、緑の多い公園内を散歩したりベンチに腰掛けたりをしながら冒頭のようなことを考えて過ごしていた。ふと携帯を取り出して時間を確認…
「しまった」
着信46件。メール31件。あわせて77件になるのはラッキーセブンなのか七夕をなぞってるのか。この状態がラッキーであるわけはないので後者か、偶然だ。
家に遅刻を咎める人がいなかったこととあまりに陽気な春の日差しにのんびりとした気分になっていた俺はすっかりヤツの存在を忘れていた。予定変更だ。今から学校へ行こう。
着信履歴から電話のかかってきている時間をみると休み時間だけでなく授業中であろう時間帯にさえ記録されている。
メールを確認すると「さっさと来い」「罰ゲーム!」というニュアンスが大半で俺の心を憂鬱にさせた。
また俺は苦労しなければならないのか。それともサイフの中身が消失するのだろうか。
全てがハルヒからと言うわけではなく、一部長門や朝比奈さん、ついでに古泉からも含まれていたということはすでにみんな集まっている可能性は高いな。
一応今から行くことを伝えるべくメールを打つ。打ちながらも学校へ向かう。
きっと殺気立ってるのがいるだろうからお土産でも買っていくか。罰ゲームを柔らかくするための先行投資だ。
学校の前まで着くと携帯が震えた。メールだ。
「教室へ行く前に部室へ寄ること」
なるほど。みんな部室に集まっているのか。
教師達には見つからないように部室棟へ偲び、SOS団と書かれたドアをノックする。
「合言葉を。『やま』」
いや、わかんないから。そんな合言葉なんて決めた記憶ないし必要もないから。
「長門か?俺だ、あけてくれ」
ガチャ
「キョン!説明しなさい」
ドアをあけると目の前にはいつもの無表情な長門の顔が下から覗いていて奥にはハルヒが仁王立ちしている。古泉はいつもの席で詰め将棋をしているらしい。
「わかった。その前になぜみんなここに集まっているか教えてくれるか?」
「みんなキョンくんの事心配してあつまってたんですよ〜」
と後ろから声がするので振り返って見ると、この部屋では珍しい制服姿の朝比奈さんがヤカンを抱えて立っていた。
「心配かけてすいません。ちょっと寝坊しまして」
そうして俺は程よくいきりたっているハルヒという名の猛獣に餌付けするが如く買ってきた和菓子を謙譲して、みんなで授業をサボってのお茶会へと突入させた。
よしよし、これで怒りのパロメータを大分減らせたな。死亡フラグは折れただろう。計算通り。
お茶会をしながらも妹と母親がいなかったからゆっくりとしてきた事を説明する。
「そんで寝坊して遅れたのはわかったわ」
たまにはこういうのもいいんだなって思えたぞ。1人で公園でボーっと考え事してたんだ。
「何を考えてたんですかぁ?」
いえ、みんなを季節に例えたら見事に春夏秋冬そろうなって思ったんです。でもそうすると俺は四季のどれにも当てはまらないなって。
「確かに、四つの季節に対して5人ですから数が合わなくなるのはしょうがないですね。ところで僕はどの季節だったんでしょう?」
顔が近い。暑苦しいんだよお前は。そんな暑苦しいお前は夏にぴったりだ。
「なるほど。では他のみなさんはどうなるのでしょう?」
「そうだな、長門は冬というイメージがあるな。名前も有希でぴったりだ」
みんなが消失したときも冬だったし、とは言わない。
「朝比奈さんは秋ですね。夏が終わったあとお茶を飲みながら紅葉を眺めるって感じですか」
真っ赤になった朝比奈さんがメインですが。
「ハルヒはもちろん春だ。名前が春だしな」
「なによそれ。名前だけで決めないでほしいもんだわ」
それにな、春はいろいろなことが始まる季節だろう?ハルヒはいろいろ新しい事にチャレンジするからピッタリだと思ったんだ。
「確かに涼宮さんにはピッタリですね」
いつものニヤケ面からはいつも以上のニヤケたオーラが出てるのはハルヒのほんのりうれしそうな顔と無関係ではないだろう。
「そうなると俺はどの季節にも属していない気がしてな。まあどうでもいいことなんだが」
「なるほど、それならあなたは全ての季節と季節の間のどちらとも取れる時期ですね」
根拠は?
「春に好かれ、夏に好かれ、秋に好かれ、冬にも好かれる。ならば春と夏の間、夏と秋の間、秋と冬の間、冬と春の間の全てではないでしょうか」
中途半端な存在って事か?
「違いますよ。全ての属性に対応できる柔軟な発想の持ち主という意味です」
そうかい、ほめ言葉として受け取っておくよ。
「また、『時期』という枠から外して考えるとあなたは地球であるとも言えますね」
どういうことだ?
「ここにいるメンバーは全員あなたがいるから個性を発揮できるのですよ。つまりあなたがいるから、地球があるから季節は存在できるという事です。
みんながあなたを頼りにしているんです。」
そうなのか?一番頼りにならないのは俺であるという嫌な自信はあるぞ。
「いえいえ、みんなあなたを頼りにしてます。特に涼宮さんにいたってはあなたがいるから思う存分チャレンジできるという…」
古泉、そういうことは例え冗談だとしても本人の前では言わないほうがいいぞ。
「そうね、例え冗談だとしても笑えないわ」
どっかで聞いたセリフだな。セリフと表情があってないけど。
「ここにいるみんなの個性を受け入れられる存在、それがあなたなのですよ」
本日のお茶会においてハルヒはあまり文句を言わなかったし朝比奈さんは相槌を打ってるだけだったが少しうれしそうだった。古泉はいつもよりも突っ込んだ会話をハルヒにしていたし長門にいたっては本も読まずに会話を聞いていた。驚天動地だ。
いつもはこの部室に集まっても個々にやりたいことをやっているだけなのに今日はみんなが会話をしていた。長門も言葉こそ発しなかったが清聴という言葉にふさわしいくらいの静けさながらしっかり聞いていたのはハルヒの持ってきたイベントがないときにおいて初めてだと思う
たまにはこんな一日もいいかな、と思える一日だった。