涼宮ハルヒの膝枕


 新学期が始まる準備期間のはずである春休みなのだが、ほとんどの学生という身分であるものたちとって、宿題、課題といった拷問が無い春休みは、格好の骨休み期間となる。
 かくいう俺も昨日まではその時間をありがたく享受していたのだが、夜中にかかってきた電話がそれを粉々に粉砕してくれたのだ。
 かけてきた相手は誰なのか、察しの良い人も悪い人もすでにお気づきだろうが一応、名をあげておこう。我らがSOS団団長涼宮ハルヒその人である。
 電話の内容は本人の言が簡潔であったのでそのまま記す事にする。

『キョン、お花見をするわよ。明日の十時、いつもの駅前に集合! 遅れたら罰金だからねっ!』

 と、言うだけ言って相変わらず人の予定など聞かずにあっさりと電話を切ってくれやがった。
 嫌なら行かなければ良いと考えるのだが、それが嫌でもないから困ったものなのだ。花見をするという事は朝比奈さんお手製の花見弁当があるということであり、それを食さない事は俺の元気パロメーターを限りなくゼロに近づけることになる。
 例え当然のように俺の罰金が決まっていたとしても、行かないわけにはいかない。
 そんな事を考えながら駅前に着いてみれば、

「遅い!罰金っ!」

 ほらな、やっぱりこうなる訳だ。




        涼宮ハルヒの膝枕




 さて、駅前で一通りハルヒの愚痴だか文句だか解らない言葉を聞き終えた俺たちは『第1回SOS団お花見』開催場所(ハルヒ談)に向かって歩いている。
 ハルヒを含む女性陣三人は手ブラであり、こともあろうに古泉の奴まで何も持っていない。それは、何故かと言われれば答えは簡単だ。俺を見てくれ、答えが解る。重いったらありゃしない。
 つまり、全員分の荷物を俺一人が運んでいるのだ。
 今回の目的は花見という事もあり、いつもの喫茶店での奢りではなく、全員の荷物の運搬というのが遅刻(はしていないのだが)に対する罰ということあいなったわけだ。
 財布の中身が軽くならないのは嬉しいが、これでは花見をする前に俺の体力は尽きてしまう。誰かに助けを求めたいところだが、ハルヒが許可を出すわけが無いのは解りきっている事なので黙って歩きつづけるしかない。
 と、言うことで花見をする場所に着く頃には俺の足はフラフラになっていた。

「何よ、だらしないわね。たったこれだけの距離で」

 へばって座りこんでいる俺を見下ろしながらハルヒが言う。

「お・・・お前・・・なぁ・・・」

 息も絶え絶えとはこの事である。
 呼吸を整えつつ改めて運んできた荷物を見る。
 朝比奈さんが作ってきた弁当、長門のおそらく文庫本が入っている小さなバック、古泉が持ってきたブルーシート類、とここまでは良い。何でクーラーボックスが三つもあるんだよ。

「飲み物は多い方が良いでしょ。途中で買いに行くのもめんどくさいし」

 まあ、それもそうなんだが多すぎやしないか?

「キョンに買いに行かせるって事も考えたんだけど折角の花見でしょ!?そんな事に時間を割かれたくなかったの。今日はとことん楽しむんだからっ!」

 お前は今日だけじゃなくて俺たちを引っ張りまわしてる時はいつでも楽しそうじゃないかよ。

「それは違うわ、キョン。あたしはどんな時でもその時間を新しい気持ちで全力で楽しむ事にしてるの。だから、このお花見だっていつもと違う気持ちで楽しまなくちゃいけないのよ」

 解った?、と言いたげにこちらを見る。
 そりゃ、お前の信念であって俺たち共通のものじゃないだろ。現に俺はもうテンションが落ちっぱなしだ。少しは俺達のことも考えた行動をしてもらいたいもんだ。
 そんな事を考えても口に出すことの出来ない俺が恨めしい。
 結局、俺も楽しんじまってるって事なんだろうからな。




           CASE 1 涼宮ハルヒの場合



 宴もたけなわ。そんな言葉がぴったりと当てはまりそうな時間の後、まったりとしたそんな雰囲気が我等SOS団に広がっていた。
 俺の足の上には(正確には膝の上だが)ハルヒが頭を乗せくつろいでいる。
 何故、俺がハルヒに膝枕なんぞしているのかと言えばそこには複雑かつ詳細な状況説明が必要となる。ような事も無いのだが勘違いされても仕方の無い状況なので説明させて欲しい。
 それは、花見と言う名の宴会が始まって一時間くらいした頃に静かに始まっていた。


 クーラーボックスの中には何故か大量のアルコール飲料が入れられていて、それをハルヒに問いただせば、

「花見と言えばお酒でしょ」

 などと言い返して来た。
 しかし、お前は夏合宿の時に懲りて酒は飲まないはずじゃなかったのか?

「そういえばそんな事も言ったかもしれないわね。でも、お花見と言えば花見酒。これは遥か昔の頃から決められている日本の尊い文化の一つなのよ。つまり、我がSOS団としてはその文化を心ゆくまで楽しむ義務があるわけ。解った、キョン」

 勝ち誇ったように俺を見据え、団員全員に銀色の缶を渡していく。

「皆、持ったわね!? それじゃ、綺麗な桜の花と我がSOS団の更なる躍進を願って、かんぱ〜い♪」

『かんぱ〜い』

「・・・・・・」

 朝比奈さんと古泉と俺は声を上げて、長門は無言で缶を軽く持ち上げてそれに応える。そして、狂宴が始まった・・・(言い過ぎか?)



 次々と缶を開けていくメンバー達。と、言っても自発的に飲みつづけているのはハルヒと長門であって、他三人は飲まされていると言っても良いくらいだ。
 まず、ハルヒの標的となったのはやはり朝比奈さんだった。
 消極的遠慮を繰り返す彼女に『あたしの酒は飲めないの!?』的なやり取りでどんどんと飲ませていき、結局つぶれるまで横で飲ませていた。介抱したいのは山々だったのだがそうは問屋がでは無く、ハルヒが卸さなかった。次の獲物を見定めるように俺と古泉の顔を見ていたのだ。
 まずい、と感じトイレに行く振りをして立ち上がりその場を辞して離れる。すまん古泉、と心の中だけで謝りを少し周りを散策することに決めた。
 十分ほどしてからもといた場所に戻ると、そこには屍と化した古泉が転がっていた・・・。古泉にも手加減無しかよ、おい・・・
 ハルヒも散々飲んだせいかどこかフワフワと揺れている気がする。長門は黙々と朝比奈さんお手製の弁当をつまみにアルコールを体の中に取り入れている。
 フワフワ揺れていたハルヒと目が合う。

「あぁ、キョ〜ンだ〜。ど〜こ行ってらのよぉ。ここよ、ここにぃ・・ヒック・・しゅわりなさい」

 バンバンと自分の隣を叩いて俺を呼ぶ。駄目だ、完全に酔っ払いが完成してやがる。

「あによぉ、あらしは・・ヒック・・ぜ〜んぜん酔っれません〜」

 呂律もうまく回ってないのによくそんな事が言えるな。ああ、あれか酔っ払いは自分が酔っている自覚が無いというあれだな。などと考えているうちに開けられた缶を手渡される。

「ほら、あんらも飲むぅ・・あんらが帰っれ来るのを待ってたんらからね」

 こいつこんなに酒、弱かったか? まだ二時間位しか経ってないような気がするが。夏合宿の時は更に飲んで騒いでいたと思うのだが、ここまで酷くはなってなかったと記憶している。
 長門に視線を送ってみる。
 すると俺だけに聞こえる小さな声で、

「涼宮ハルヒのアルコール摂取量は夏の時のおよそ三倍」

 は・・・? 何ですと、長門さん・・・

「涼宮ハルヒは、あなたがいなくなってから異常ともいえる速度でアルコールを摂取していた。それに巻き込まれたのが古泉一樹」

 だから古泉の奴はあんなになっているのか。

「そう」

 それだけ言うと再び目の前にある料理と酒を攻略にかかる。
 つまりだ、俺が散策をしている間にハルヒは酒を浴びるように飲み、古泉もそれにつき合わせるように飲んでいてこういう状況になったと、まぁ笑い話にもならない展開を今迎えているわけだな。
 まったく仮にも高校生という事をもう少し自覚してほしいものだ。何かあったら停学どころでは済まないだろう。
 が、その心配はいらないだろう。なにせ、こちらには長門も古泉もいるからな。警察やそれに準ずる何かが来ようものなら長門に頼んで皆の体内にあるアルコール成分を消してもらうも良し、古泉が所属する『機関』に頼るも良しだ。まぁ、あまり人の手には頼りたくないのが本音だけどな。

「ちょっろぉ、なに有希と見つめあってるのよ。見つめるららあらしを見つめらさいよ!」

 ちょっと待て。別に俺と長門は見つめあってはいないぞ。ただ、視線が合っただけであって、何もやましい事など無い。しかし、段々行ってる事が支離滅裂になってきてるな。酔っ払って自分が何言ってるのか解ってないだろう?

「ちゃんとわかっれるわよ。あらしはぁ・・キョンにぃ・・見つめれぇ・・欲しいってぇ・・言っらのぉ」

 良し、OK、解った。ハルヒが何を言いたいのか解ったから、上目遣いで瞳を潤ませながら擦り寄ってくるのは止めてくれ、俺の理性が持ちそうに無い。
 いつの間にかハルヒの奴は俺の横にぴったりくっつく位の距離まで迫ってきていたのだ。ハルヒの端正な顔が間近にある。それだけで俺の心のドアは蹴り破られる寸前だというのに、上目で潤目。もう、ゴールしちゃって良いよね、なんて声が何処からか聞こえてくる気がする。いやいや、駄目だ。一時の感情に身を任せてそんな事をしようものなら我が身を滅ぼしかねないのは、長い人の歴史の中で明らかになっているはずだろ。頑張れ、頑張るんだ俺。誘惑に負けるな。

「ハ、ハルヒ。桜の花が綺麗だぞ。ほら、調度この上にも満開の木があるぞ。シートの上に寝っころがって見ると良い肴になると思わないか」

 俺の言葉に多少不満気な表情を見せたハルヒだが、次の瞬間には『良い事思いついた♪』ってな顔になり再び俺に擦り寄ってくる行為を再開しやがった。息が耳にかかってますよ、ハルヒさん。言う事聞きますからこれ以上俺の心のドアをハンマーでぶち破ろうとするのは止めて下さい。

「じゃあ、あんらはそこを動からいれね」

 俺が事実上の敗北宣言をするとニマッと笑ってそう言った。
 何をする気なのか解りかねていると、アルコールの影響で鈍くなった身体の動きでゆっくりと俺に背を向け、そのまま頭を後ろに倒してきた。つまり、俺はハルヒに膝枕をしている状態になっているのだ。
 寝っころがって見ると良いとは言ったが、俺の膝枕で見ろとは言ってないぞ。

「良いじゃない、減る物れもらいでしょ。・・・それとも嫌?」

 それは反則だと思うぞ、ハルヒ。そんな顔されたら嫌だとか駄目だとか言えないじゃないか。

「良かっらぁ・・ヒック・・それじゃぁ、桜の花とキョンにかんぱ〜い♪」

 まだ飲むのかよ。



 俺がハルヒに膝枕をしている顛末が解って貰えただろうか。
 誰だ、結局俺が意気地なしなだけじゃないかと思った奴。出て来い、そして俺と役を交代してみろ、アレには太刀打ち出来ないことを悟る事が出来るぞ。むしろあそこで耐え抜いた俺を誉めて貰いたいくらいだぜ。
 ちなみに、ハルヒに膝枕を始めてからすぐに朝比奈さんは復活を果たし、それから遅れる事三十分ほどした頃に古泉がなんとか再起動を果たして起き上がった。
 しかし、二人とも微笑ましいものを見るような目でこちらを見るのは止めて欲しいものがある。

「おや、これは失礼しました。あなた方を見ていたらつい、ね」

 ついじゃない。そもそもお前は飲みすぎでダウンしてたんじゃないのかよ。

「実は皆さんには内緒でアルコールを分解する薬を飲んでいたんですよ。効いて来るのが遅かったようで起き上がるまでに時間がかかってしまいましたが」

 そんな物があるなら全員に渡したくれればいいものを・・・

「それが、この薬は僕専用に調合された物でして他の方には渡せなかったんですよ」

 それも『機関』からのブツか。

「ご明察です。保険の為にと飲んでいたのですが、正解でしたね」

 朝比奈さんは大丈夫ですか。

「はい、私ももう大丈夫です。あんまり飲んでないし、それに今まで寝ちゃってましたから」

 それでもあまり無理はしない方がいいですよ。貴女が倒れられたら心配どころではありませんから。

「ふふ、ありがとうございます。でも本当に大丈夫。実は私もお薬飲んでたから」

 なるほど、つまり何の対策もしていなかったのは俺とハルヒだけということなんだな。長門? 長門は自分でどうにかしてるだろう。俺が心配するほどの物でもないさ。

「それにしても涼宮さん、気持ち良さそうですね」

 俺はそろそろ足が疲れてきましたよ。
 ハルヒは今、俺の太ももの上で静かな寝息を立てている。こいつは黙っていればホントにかわいいんだけどなぁ。この寝顔なんていくら見てても良いくらいだ。
 しばらくは起きそうにないな。あんなにはしゃいで飲むからこうなるんだ。・・・まぁ、いいか。それだけ花見を、と言うより皆で馬鹿騒ぎを楽しんだってことだからな。
 今年もこのメンバーでいろいろな事をやっていくんだろうな。主にハルヒ主体でだが。
 それでも俺たちは楽しいと思えることだろう。なんて言ったって俺たちはSOS団なんだからな。そうじゃなきゃ今ここにはいないだろうし、そもそも最初からSOS団にはいなかったはずだ。
 いろいろと俺と朝比奈さんが心労を重ねやすい団長殿の行動だが、楽しんでいる自分がいるのも事実。これからも俺たちを引っ張り回してくれよ、団長様。

「う〜ん・・・キョン〜・・・」

 恥ずいから寝言で俺の名前を呼ぶのは止めてください。ハルヒさん。