涼宮ハルヒの対決


 万里の長城のように長かったゴールデンウィークは終わりを告げて、同時にピサの斜塔並みにひねくれた俺の根性はだらだらと過ごすはずだった長期休暇が涼宮ハルヒという人物によって過去のものにされてしまった。
 楽しかった時というのは得てして経験値の高いモンスターのように素早く過ぎ去ってしまうもので、認めたくはないが今年のゴールデンウィークはそれなりに充実した日々を送らされたらしい。
 その充実した日々の最終日、ゴールデンウィークが終わる当日に、きっとめでたい事なのだろうが自分からは言い出しにくい日がきた。



 連日のハルヒによる呼び出しも睡眠時間を削られる苦痛以外はなれてしまったもので、その日も俺は不思議探索に借り出されていた。  ハルヒによるとこの大型連休は不思議も休んでいて油断しているらしい。
 俺の知っている不思議な人たちは3人ともハルヒに借り出されて忙しそうにしているがな。

 決して見つかるハズのない不思議探索を午前中で終えるのはこの大型連休が始まって以来の日課になっている。
 午後はいったん解散してから俺に見つからないように再集合しているのはうすうす勘付いていたし、古泉から聞いた。
 俺に内緒にする理由は、もし違ったらものすごく恥ずかしいことなのだが、連休の最終日に控えている俺の誕生日に備えているらしい。
 古泉からそれとなくにおわされていたし、自分の誕生日は自分からは言い出しにくいのであえて俺は気付かないフリをしている。


 そしてこの日も不思議探索を午前で終えて、いよいよ明日が俺の誕生日がくる。
 古泉からは予定は空けておいてくれと言われているし、もともと連休はだらけて過ごす予定だったので二つ返事でオーケーした。
 なんだかんだ言っても誕生日を祝われる事はうれしいことだし、あのハルヒたちがどのように祝ってくれるのかは楽しみでもあった。
 そういえば去年の今頃はまだハルヒと親交はなかったな。ハルヒと話すようになったのはゴールデンウィークがあけてからだ。
 去年を懐かしみながら、ナイフで刺された事を思い出して少しゾッとして眠りに着いた。






「ちょっと有希、なに勝手に布団にもぐりこんでるのよっ」
「別に」

 何だようるさいな。休日なんだからゆっくり寝させてくれよ。
「キョンも起きなさーい!!」
 夢にまでハルヒがでてきやがった。夢診断はあてにならんな。
「古泉くん、布団を剥いじゃって!」
「了解しました」
 やめろ、布団を取るな。5月とはいえまだ少し寒いんだ。
「おや、これはこれは」
「ふわぁぁ」

 ってなぜみんないる。まだ早朝と呼ぶに相応しい時間だぞ?
「今日はあんたの誕生日だから祝いにきてやったのよ!」
 そうか、わざわざ祝いにきてくれたのか。ありがとう。素直に感謝するよ。
「あんたが素直に感謝するなんて珍しいじゃない。それより…」
 それより、なんだ?というか人を指差すな。
「有希はそこを離れなさい!馬鹿がうつるわよ!」
 はて、馬鹿とはいったい誰のことか?成績が悪い俺の事か?それとも隣で寝てらっしゃる可愛らしい文学少女のことか?
「すまん長門、どいてくれ」
「それは推奨できない。あなたは寝起きで体温がいちじるしく低下している。このままだと風邪をひいてしまう」
「暖めててくれたのか。気持ちはうれしいが、ちゃんと着替えるからどいてくれ。」
 もはや長門の突飛な行動になれつつあるのはハルヒのせいか寝起きで頭が回ってないせいかのどっちかだ。
 少しだけ名残惜しそうに見える長門をベッドから追い出すと、我が物顔で俺の部屋を物色してるハルヒに問いた。
「何を探してる」
「あんたの秘密。主に恥ずかしい本」
 そんなものはこの部屋にはない!だからタンスはあけるな!
 ハルヒは一通り物色したあとでベッドに腰掛けて、未だにあきらめきれない様子で思案している。
 長門は部屋の片隅でまるで置物のように静かに、そして律儀に正座して読書にいそしんでいた。
 ニヤケ面の王子さまをみると、少しうれしそうな表情で人差し指を口元に持ってきて、ふむふむなんて言っていやがる。
 お前の考え付くところには何にもない、いつ入ってくるかわからない妹と同居していると隠し場所にはこだわる用になるんだ。
「なるほど。ならば普通の人が考え付かないような場所に隠してある、と」
 何を探しているんだか知らないが、ない。お前はとんだ名探偵だよ。ところで俺もある発見をしたんだ。名探偵どころか迷探偵だ。
「朝比奈さんはどうした?」
「みくるちゃんなら、バースデーケーキつくってからくるわよ?」
 なんと、朝比奈さんの手作りケーキが食べられるのか。今まで生きてきて一番素晴らしい誕生日かもしれん。







「ところでこんな朝早くから押しかけてきて、いったい何をする気だ?」
「僕が少々ムリを言って、朝早くから初めて昼頃からはちょっとしたイベントを考えてまして」
 どうせろくでもないイベントなんだろう。いつもより3割り増しなニヤケ面を見ていてもあまり腹の立たない日だ、少しくらいのわがままなら聞いてやるぞ。
「それを聞いて安心しました。あなたがキーパーソンとなっておりますので」
 よくわからんが、楽しみにしてるよ。


 ハルヒの「喉が渇いた」の一言によって俺は階段を下りることとなって、妹を筆頭に両親に祝いの言葉をいただく。
 部屋には猛獣がいるため俺は素早く人数分プラス一人の飲料を確保して階段を駆け上がろうとしたら、
「ピンポーン」
 何故か上品に聞こえるインターフォンに、階段から玄関へ逆戻りする魔法を掛けられて、朝比奈さんだと確信しつつ玄関をあける。
「あっキョンくん。遅れちゃいましたぁ」
 期待通りのお方が大きめのハルヒが言ってたバースデーケーキが入っているであろう箱をもって立っていた。
「とんでもない、ハルヒがこんな朝早くから集合かけるのがいけないんです」
「そうだ、お誕生日おめでとう」
 ありがとうございます。あなたに祝われるなら今後どんなことがあっても乗り越えられそうです。それよりみんな上で待ってますよ。
「そうですね。じゃあおじゃまします」


 朝比奈さんを連れて部屋に入ると部屋はすでに散らかりきっていて、荒らした張本人であろうハルヒは優雅に俺のベッドに寝そべり雑誌を読んでいた。
「どうすればこの短時間でここまで散らかすことができる」
「エッチな本がないか探してたらちらかっちゃったのよ」
 そんなもん探すな。ないものはないんだ。
「まあいいわ。それよりケーキも届いたしさっさと祝っちゃいましょ」
 ハルヒにとっては俺の誕生日はたんなるイベントであって心からのお祝いではないんだな。
「ひねくれたこと言ってるんじゃないの」
 俺は生まれつきひねくれてるんだ。今更首都高よりも曲がりくねったこの根性は変えることはできない。


「ところでみんな、プレゼント持ってきたでしょうね」
 ハルヒが言うと一様にみんなうなずいて、古泉が少しだけニヤケ度数を増した。
「ならいいわ、順番にだすわよ。まずは遅れてきたみくるちゃんからね」
「はっはぃ。じゃあキョンくん、誕生日おめでとうございます」
 おびえた姿も美しいマイエンジェルはカバンから中くらいの箱をだすと、俺に差し出してきた。
「ありがとうございます。あけてもいいですか?」
「どうぞ」
 許可を得た俺は箱を丁寧にあけると、中には高そうなティーカップのセットが出てきた。
「部室でつかってください」
「ありがとうございます」
 電車で酔っ払いに絡まれてる朝比奈さんを助けたヒーローのような気分になってお礼を言うと、
「じゃあ次は有希ね」
 長門は物音立てずに俺に近づくき
「おめでとう」
 と、一冊の本をだしてきた。
「あとで読んで」
 わかった。今は中身を見ないことにするよ。それよりも俺にはこの、本の重さが気になるんだが、こんなに分厚い本を俺は読めるのか?
「だいじょうぶ」
 そうか。とにかく、ありがとう。
「じゃあ次は古泉君ね」
「僕は今渡してもいいのですが、サプライズ的なものを考えていますので後に回してもらえないでしょうか」
 サプライズ?ちょっとのことでは俺は驚かないぞ。
「そう?まあいいわ。じゃああたしが先にあげるわ」
 ぽいっと投げ出されたティッシュの箱ほどの物体は弧を描いて俺の元へたどり着く。
「あけていいのか?」
「好きにしなさい」
 中を開けると、すごい音を奏でそうな目覚まし時計がでてきた。
「あんたは遅刻ばっかりだからちょうどいいでしょ?あたしはプレゼントにも実をあげる人なの」
 ありがとうよ。これで遅刻がなくなったら困るのはハルヒだと思うが素直にうれしいぞ。


「ではここで僕からのプレゼントです」
 優雅な動作でポケットから一枚の封筒をだした古泉はハルヒを見て、俺を見た。
 中身は現金か?ある意味でサプライズだな。
「残念ながら現金ではありませんよ。さてこの中には2枚の映画館行きのチケットが入っています。
 2枚、ということはもちろん2名しか行けません。行く相手をあなたに選んでいただこうと思いまして」
 ちなみに僕は午後には予定が入ってますのでいけません、と付け加えた古泉にはなにやらたくらんでそうな笑みがみえる。
 それで午後はあけておいたのか。もちろん本音を言えば朝比奈さんと二人きりというシチュエーションに憧れないこともないんだが長門と、というもの捨てがたい。ハルヒというのも悪くはない。
 が、この3人の中から選ぶのは危険すぎる。いっそ俺は辞退するか?しかし、古泉は俺へのプレゼントとして持ってきたハズだ。
 それを拒否するのはいくら古泉相手だろうと失礼だし、なによりその映画は俺が前から見たかったやつだ。

「俺には相手を選ぶなんてできないね。」
「なら本日の誕生日プレゼントで一番うれしかったものを送っていただけた人と行ってへどうでしょう?」
「プレゼントに一番も二番もないだろう。どれも同じくらいうれしかったさ」
 まあお前のプレゼントは正直少しだけ迷惑だったがな。
「おや、そうでしたか。そうですね、選べないならここは一番の権力者である団長と行ってもらいましょうか」

 それが狙いか。古泉は世界の平和しか考えてない野郎だってことを忘れていた。
 言葉だけ聞くと『世界の平和しか考えていない野郎』というのは良いやつそうに聞こえるが、この場合俺の平和を抜きで世界の平和しか考えてないから俺にとっては非常に迷惑な存在でしかない。まあそこで顔を赤くしてるハルヒと行くのが嫌なわけじゃあないんだがな。理不尽なのが嫌いなのは下に兄弟がいる家庭のお兄ちゃんしてれば誰もが、だろう?

「それは不公平だ。残念ながら俺は権力ってものが嫌いでね。それなら何か公平に決めれることがいい」
「じゃあ勝負しましょう。キョン、何かゲーム持ってきて!」
「ゲームでしたここにトランプがありますよ。ババ抜きなどどうでしょう?お手ごろ簡単その上短期決戦です」
 なんだこれは。デキレースじゃないのか?
「決定よ!勝者はタダで映画ね!オマケにキョンがついてくるわ」
 やれやれ、誕生日だってのに俺はおまけあつかいか。
「俺か古泉が勝ったらどうするんだ?まさか一人で見て来いと?」
「ではあなたが勝ったら僕があと2人分のチケットをどうにかして入手しましょう。それで4人で行ってくると。
 僕が勝ったら、そうですね。妹さんと行ってきてはどうでしょう?」

 まあ良いだろう。俺もお前も勝つとは思えんしな。
「決まりね!じゃあ勝負よ!」


 勝負は何故か俺とハルヒと古泉、朝比奈さんと長門で一回戦を行うことになった。これはもちろん恒例のくじ引きで決めた組み合わせであり、そのままくじで映画に行く人を決めればいいのにとボヤいた俺の一言は、
「それじゃつまんないじゃない」
 のハルヒの一言で却下された。

 一回戦は特筆すべきことなどないくらい予想通りの展開でハルヒと長門が勝ち抜けた。その期待通りの強さには、古泉がいつも俺に負けているカードゲームを思い出した。俺はこれだけ完膚なきまでに負けたらもうやろうとは思えんけどな。

「じゃあ決勝戦よ」

 古泉は如才なくカードをくばる。配り終えたカードはすぐさま両人によってペアをはじき出していく。はじかれたペアは朝比奈さんが拾って、カード入れにしまっていかれる。古泉はニコニコと、俺は真剣に勝負の行方を眺める。
 俺は長門の後ろに座る。ハルヒの後ろには古泉が陣取っている。

「じゃあ有希からね」
 長門は無言でハルヒのカードから一枚引き、二人なので当然ペアになってそれを朝比奈さんに渡す。
「行くわよ」
 ハルヒは長門から一枚引き、同様に朝比奈さんに渡す。そして次順に長門が引いたのは、
「やっとジョーカーがいなくなったわ」
 とのハルヒの言葉通りジョーカーだった。長門は無言でカードを伏せ、無造作にシャッフルした。
 そしてその直後にハルヒが引いたカードは
「ゲッ」
 ジョーカーである。

 その後はジョーカーが運搬されることはしばらくなく、ハルヒも長門も順調にペアを作っては捨てての作業を繰り返して残り一枚になった。ババを持っているハルヒは2枚であるが。
「さあ有希、引きなさい」
 長門はハルヒの目をじっと見つめている。ハルヒの手持ちカードのうちの一枚に手をかざし、
「今あなたの心拍数は瞬発的に増大した。よってこのカードはジョーカーではない」
 とのセリフの直後に引く。長門の手札に戻ってきたカードは、ババだった。
「誤算。想像以上にあなたと行く映画館を彼女は楽しみにしている。心拍数の増加の原因を見誤った」
 長門は悔しそうにつぶやいた。
「あたしに心理戦とはいい度胸してるじゃない」
 ハルヒもどうように長門のカードのうちの一枚に手をかざし、
「もしこっちのカードをあたしが引いたらあたしが映画にいけるわけね」
 といった。
 俺は長門の後ろに座っているのでハルヒの表情と長門のカードは丸見えである。そしてその俺が言うんだから間違いない。このままだとハルヒが勝ってしまう。
「やっぱりこっちのカードにしようかしら」
 といってジョーカーの方へ手をかざした瞬間、
「やっぱこっち。有希の目が泳いでたわ」
 そういったハルヒは自信満々にジョーカーではないほうのカードを引きあてた。

「うかつ」
「有希ったらわかりやすいんだから。眉毛がピクって動いたわよ」
「僕が見てもわかってしまうくらいでしたね」

 古泉の余計なセリフは長門を軽く怒らせたらしい。長門から湯気のような怒りがあふれているように見えるのは俺の気のせいか?

「次は、まけない」

 こうしてよくわからない心理戦はハルヒの優勝という結果を伴って幕を閉じた。俺を景品に掲げて。
「さて、そろそろ僕はでかけなければなりません。ここらでお開きにしてはどうでしょう」


「じゃあ副賞としてキョンはあたしがもらっていくから」