朝比奈みくるの記念


 季節の変わり目というのはハッキリとわかるものでもなく過ぎ去った後でようやく気付くことができるものだと思う。
 寒かった冬が過ぎてようやく春になってきたと思ったのは梅や桜が咲き誇り、暖かくなってからようやく春が来たと思えるわけであって春になった瞬間に「春が来たなぁ」なんて感じることはできないと思う。

 季節の変わり目がわからないものでも、季節は変わっていく。同様に人も変わっていく。

 少しだけ、ほんの少しだけ温厚になって時折教室でさえ笑顔を見せるようになったハルヒ。
 微妙に、ではあるが表情を表にだすようになり、ジョークも言えるようになった長門。
 SOS団に対してそれなりに愛着のようなものを持ち始めている俺。
 古泉の野郎は少しずつだが本音をこぼしてくれるようになった。
 朝比奈さんは自分の不甲斐なさに泣いたりもしたが、それをバネに精神的に大きくなった。


 しかしそれはやはり変わってから気付くもので、変わっていく最中には決して気付かないものである。







 今日も今日とていつの間にやらやってきた季節の中で何が楽しいのか野郎と二人きりで歩いている。それも、授業中の校舎内を、学校をサボってだ。
「あなたが授業をサボるなんて珍しいですね」
 そうだな。今までの俺だったら考えられない事かも知れないな。
「それもやはり涼宮さんの影響でしょう。涼宮さんには何と言われたのですか?」
 代返は任せろだとか勉強は教えるとか留年したら死刑だとか、色々言われたさ。
「涼宮さんも変わりましたね。昔と言ってる言葉は同じですが、その言葉の真意はまったく別のものです」
 だろうな。俺を陥れようとしての発言なら今俺はここにいないだろう。
「それはそうとしまして、あなたは何を買ったのですか?」
 俺は古泉の目を少し見て、秘密だ、というジェスチャーをした。

 授業中なので当たり前ではあるが、非常に静かな廊下である。俺は古泉との会話を一旦うちきって外を眺めた。空には雲ひとつなく、とてつもなく青かった。



 持ってきた鍵をドアノブに差し込む。今まで数え切れないくらいこの部室に入ってきたが、この時間に、しかも俺が鍵を開けることは非常にまれである。
 カチャリと音を立てて鍵の開いた扉を、誰かとは正反対にゆっくりと開ける。俺は無言で古泉に中に入るように促す。
「この空間に我々が二人きりでいるというのも珍しいですね。異常事態かと錯覚してしまいます」
 勝手に異常事態に陥ってろ。ただし、俺を巻き込むなよ。
「我々の言う異常事態になったときは必ず涼宮さん絡み、ひいてはあなたも絡んでくるのですよ」
 わかってるさ。言ってみただけだ。それよりわかってるな?
「もちろんですよ。この通り、ロッカーの中にアレは隠してあります」
 よし。準備をするぞ?
「そうしましょう」






 放課後を知らせるチャイムがなる。俺たちは準備を万全に整えてなぜかボードゲームをしている。
「そろそろだな」
「そろそろですね」

 コンコン

「どうぞ」
 古泉がそう答えたのを機に心の準備をする。
「うん、まあ中々ね」
 珍しく静かにドアを開けたハルヒと装飾品のように後ろを付いてきてたであろう長門が入ってくる。
「だろう。中々の自信作だ」
「あんたにしては、ね。あたしだったらもっとすごいの作るわよ」
 ねえ、有希。そう言わんばかりの目配せをして奥へと入ってくる。
「さて、本日のメインパーソンであられる朝比奈さんはいつごろ到着予定でしょう?」
「教室で鶴屋さんと待っててって言ったからキョン、迎えに行って来て」

 教室にいてくれるんなら授業をサボってまで隠れてコソコソと準備しなくてもよかったんじゃないか?なんてボヤきながらも俺は、コスプレの格好のまま朝比奈さんの待つ階へと足を進める。当然朝比奈さん以外にも人はいて、みんな上級生なわけだ。
 コスプレをしていることを恥じつつ足を心なしか速めると、鶴屋さんと談笑している朝比奈さんを発見した。
「朝比奈さん。お迎えにあがりました」
「キョンくん!?めがっさ似合ってるよ!」
「あっキョンくん。どうしてそんな格好してるんですかぁ?」
 いえね、ハルヒに命令されたんですよ。では行きましょう。エスコートしますよ。
「おやや、みくるは同伴出勤かい?ならお姉さんは先に行ってるよっ」
 俺が何か言葉を発する前にすでに姿をくらました鶴屋さんに心のそこから脱帽しつつ、子供のように無垢な心を持ち、子供のような運動神経の朝比奈さんとでは追いつくことは不可能なので朝比奈さんだけでもエスコートすることにしよう。
「では行きましょう」
「はい」


 さてそろそろ状況を説明しようと思う。俺は今タキシードと呼ばれる服を身にまとっている。古泉も部室で同様の格好をしているはずだ。
 そして今日はサプライズパーティらしい。ハルヒ曰く、本日朝比奈さんは一つだけ歳があがるらしい。そんなお祝い事をハルヒが見逃すはずもなく、朝比奈さん以外で会議を重ねた結果、俺と古泉による仮想パーティとなった。お題はホストらしい。

 朝比奈さんをエスコートして、いつも通りなのだが今日は意味合いが違うノックをして部室へ入る。
 部室の中はホストクラブと呼ぶには程遠く、妹の誕生日会を連想させるようなファンシーな飾りつけがされている。
「ほわぁ…今日はどうしたんですか?何かあったんですか??」
 目をクルクルさせて驚いている朝比奈さんをハルヒが後ろから羽交い絞めして、

 パーンッ!!!  パンパンパンパーン!!!

 クラッカーが大量に朝比奈さんに向けて発射させられた。

「『「 おめでとー!! 」』」

 もちろん宣言通りに到着していた鶴屋さんからライターを渡された。
 あれ?予定にないんですが、どうしろと?
「じゃーん!このケーキに火を着けるんさ!」
 もちろん、ケーキじゃなくてろうそくに火をつける。しかしこのお方にそんなことを突っ込んだら2000倍くらいにして何かをされる気がするので心にとめておく。
「俺がですか?」
「そうっさ!キョンくんじゃなきゃだめなんだよっ」
 ねっみくるっ!と朝比奈さんに同意を求めた淑女はこれ以上ない笑顔を振りまいて、同意を求められた天使は意味が飲み込めないでわたわたしている。
 その天使を未だに羽交い絞めしているハルヒはなにやらニヤニヤしている。
「じゃあ火をつけますよ。いきます」

 ぼわっ
「おわっ!!あちちっ!」

 何故だ、何故ライターからこんなに火がでる?想定外だ。なんて思っていると鶴屋さんとハルヒが爆笑しだした。
 古泉は苦笑いをして、朝比奈さんはオロオロしている。長門は少し、ほんの少しだけ驚いた顔をしていた。
「はめられたか」
 やれやれ、と内心思いながらも今度は想定外の火力を計算しつつロウソクに火をつける。
 全部に火を着け終えると、古泉から花束を渡される。俺が朝比奈さんに渡せって事か?
「その通りですよ」
 やれやれ。朝比奈さん、誕生日おめでとうございます。
 心底うれしそうな顔をしてる朝比奈さんに花束を渡すと、火を消すように促した。
「みくるちゃん!もう高校生なんだから1発で消しなさいよ!」
「そうだよっ小学生じゃないんだから、1発で消せないとお嫁にいけないっさ」
「ふぇぇ、どうやって消すんですかぁ〜??」
 なあに、息を思いっきりすって思いっきり吐けばいいんですよ。
「わかりましたぁ。がんばってやってみます」
 ああ、なんて健気な天使なんだろう。

「すぅ〜…」

 ……

「ぷはぁ〜」


 さすがは朝比奈さん、一息で消えたロウソクの火はたった3本だけとは。
「ちょっとみくるちゃん、本気でやってる?あたしが見本を…」
 まてまて。お前がやったら意味がないだろう。今日は朝比奈さんの誕生日だ。敬え。


「もう一回やってみます! すぅ〜」

「ふ〜〜ぃ」

2度目ともなると要領もつかめたのか、大半のロウソクは炎の冠を外した。
「みくるっがんばるっさ!」
「もう一息です、がんばってください」

 三度目の正直と言うことで見事に残りのロウソクを火のない状態への移行を遂げさせたところでハルヒが口を開いた。

「今日はみくるちゃんの誕生日だから、みんなに好きなことをやってもらいなさいっ!みんなは必ず言うことを聞くこと!
 プライオリティは団長命令の次におくことを許可するわ!」

 そう、今日は朝比奈さんの言うことを全て聞かなければならないのだ。とはいっても天使の言うことに不安なんてこれっぽっちもないが。

「ふぇ、いきなり言われても何も思いつかないですぅ」
 






     続く