a weighing machine


 鬱陶しい雨が続くこの季節、俺は平日の日課と化している学校までのハイキングコースを 陰鬱な気持ちで歩いていた。
 もう何日も止むことなく降り続いている雨にうんざりしつつも、この雨が無ければ夏に水不足になるかもしれない事を考えると、仕方ないと諦めている自分を発見する事が出来た。
 ハルヒもこの雨を鬱陶しいと思っているはずなのだが、一向に止まないところを見るとあいつもこの時期の雨は仕方ないと思っているのかもしれない。ハルヒの持っている力があれば、この灰色に染まった空を青空の広がる晴天にする事は簡単な事だろうからな。
 しかし、教室に入ってすぐに視界に入って来る、不機嫌オーラを人の形にしたような奴の相手をしなければならないのはどうにかして欲しい。この天気も手伝って俺の気力は落ちっぱなしだからな。
 授業中なにかと『ヒマだ』と言うハルヒの言葉を軽くいなし、テスト前という事もあり、俺は至極真面目にその日の授業を終え、今は一人部室棟に向かっているところだ。
 この雨で憂鬱になった気分を朝比奈さんの淹れてくれるお茶で吹き飛ばし、部屋の置物となっている長門を眺めて和み、ゲーム好きなのに勝負事はからっきしの古泉と遊び小さな満足感を得よう。
 ・・・まあ、それもハルヒが部室に現れるまでの期間限定の充足時間なのだが。
 そんな事を考えているうちに部室の前に着いていた。
 俺はかわいらしい朝比奈さんの『はぁ〜い、どうぞぉ』というお声が聞ける事を信じて疑わず部室の扉をノックする。

 コンコン

「開いてるわよ」

 先程までの考えを粉砕してくれる声が中から響いてきた。
 なんでこんな時に限って俺よりも早く部室に来てるかな、こいつは。
 ノックした手前、回れ右も出来ないので(するつもりもないが)そのまま部室の中へと入る。
 すると中にいたのは、ハルヒ一人で他の三人はまだ来ていなかった。
 珍しいな、ハルヒ一人なんて。

「何よ、あたし一人だったら悪いっての?」

 いや、そういう事じゃなくて、長門までいないのは珍しいと思ってな。で、三人はどうしたんだ?

「有希は用事があるって連絡があって、みくるちゃんはさっき鶴屋さんに連れて行かれて、古泉君はアルバイトがあるって帰ったわ」

 それじゃ、今日はもう解散か?

「そうしようかと思ったけど、雨のときにしか起きない不思議もあるんじゃないかと思ってるのよ」

 そんな物は無い、断じて無い。だから、この雨の中を歩き回るなんて言い出すなよ。

「むぅぅぅ・・・良い考えだと思うのに」

 アヒル口になってすねても俺は賛成しないからな。
 そう言って自分で淹れたお茶を手に、パイプ椅子に腰掛ける。そしてそれを一口。
 うむ、マズイ、朝比奈さんの淹れてくれた物とは天地の差以上の開きがある。
 自分でそう評価してますます陰鬱な気持ちになりながら、ふと、団長席でボーッとPCのモニターを眺めているハルヒに目が行く。
 不機嫌というよりも退屈、つまんない、といった表情だ。
 マジマジと見ていて気になった事を聞いてみる事にした。
 なあ、ハルヒ。

「何よ」

 間違っていたら素直に謝るから一つ質問と言うか、聞きたいことがあるんだが。

「くだらない事だったらこの雨の中校庭を走らせるわよ」

 この中を走れと言うのか・・・嫌だなそれは・・・
 俺が気になって聞く事でも、お前にとってくだらない事だったら外を走らされるって事だろ?

「そうなるわね」

 だったら止めとくわ、こんな天気の中を馬鹿みたいに走りたくないしな。

「む、気になるから言いなさい!」

 言えってお前・・・くだらないと判断されたら雨中マラソンをしなければならない俺の気持ちも考えろ。

「ふんっ、わかったわよ。走れなんて言わないからさっさと言いなさい」

 本当だろうな。聞き終わった後に気が変わった、なんて事で走らされるのはごめんだぞ。

「そんな事言ってるなら、問答無用で今から走らせるわよ・・・!?」

 はあ・・・わかった、言うから落ち着け。
 まったくハルヒ相手だと質問一つするのも一苦労だな。と、これは口には出さずに心の中だけで付け加える。
 じゃあ、聞くが怒るなよ。

「内容にもよるわね。いきなりスリーサイズ聞いてきたら、死刑にするけど」

 安心しろそんな事を気にしての質問じゃないからな。(気にならんと言ったら嘘になるが・・・)
 俺がそう言うとハルヒは、怒ったような落胆したような微妙な表情になった。
 ・・・まあいいか。さっさと聞いてしまおう。

「ハルヒ、お前太ったか?」

「なっ!?」

 そう、これが俺の気になっていた事だった。
 少し前のハルヒよりも、体の線が丸くなっているような印象を受けたのだ。・・・毎日会っているのに今更だが。
 こいつが運動不足で太るなんて考えられないから、甘い物なんかを食べ過ぎたかしたのだろう。
 などと考えていると、ハルヒは俯き小刻みに身体を震わせだした。

「ん、どうしたんだ、気分でも悪くなったか?」

 そう聞くと、

「そうね・・・最悪の気分だわ・・・」

 と答えた。
 体調が悪いというよりも、怒りを抑えているように見えるのは俺の気のせいか?
 ふむ、さっきの答えを聞いていいものか迷うところだが、俺の中のもやもやを消すには聞くしかないか。

「ええっとだな、ハルヒ。気分の悪い所すまないが、さっきの答えを・・・」

 俺が言い終わるより早くハルヒが動く。

「こんのっ、バカキョンッ!!」

 ドカァッ!

「ぐはぁぁっ!」

 ハルヒの細い足から繰り出された見事な蹴りが、俺の側頭部に命中する。
 そして、ハルヒはそのまま荷物を持って部室を出て行こうとしていた。それが、意識の無くなる前に見た、最後の映像だった。








                 数時間後・・・



 くそっ、ハルヒの奴め俺を放置したまま帰りやがって・・・
 あの後、下校時間ギリギリに蘇生を果たし、痛む頭をさすりながら家路についた。
 今は風呂から上がり、自室のベッドの上で本を読んでいる所だ。
 学校での事を思い出し。また頭が痛みだす。
 その時、いきなり机の上に置いていた携帯が鳴り出す。
 誰だこんな時間に・・・まさかハルヒじゃないだろうな。蹴るだけでは飽き足らず、何か無理難題を吹っかけるために掛けてきたとか、あるいはその事を謝るために掛けてきたとか・・・・・・前者はともかく後者はありえないな。
 そんなくだらない事を考えながら携帯に表示された名前を見る。

”古泉 "

 なんだ、またハルヒ関係での呼び出しかなんかか?
 なんて事を考えながら通話ボタンを押す。

『もしもし、夜分遅くに申し訳ありません。起きていられたようで安心しました』

 ああ、もう少しで寝る所だったけどな。

『今日はすみませんでした。急な呼び出しだったもので』

 どうせ『機関』がらみの呼び出しだろ。
 そんな事はいいから、用件を言え、用件を。

『それは残念ですね。僕としては貴方との会話を楽しみたいのですが』

 切るぞ。

『冗談ですよ。会話を楽しみたいというのは本当ですが、今は用件の方を優先させます』

 最初からそうすれば良いんだよ。

『これは失礼。では、大方の予想はついてると思いますが、閉鎖空間内の事です』

 やっぱりか・・・で、何があって俺なんかに連絡してきたんだ?

『その前にお聞きしたいのですが、今日のSOS団の活動中に何かありましたか?』

 今日はお前だけじゃなくて、長門も朝比奈さんも来なかったからな、これといった事は何も無かったぞ・・・いや、一つあったな。俺がハルヒに『太ったか?』と聞いたら見事な蹴りを極められて気絶した。そんで下校時間ギリギリまで復活出来なかったことだな。

『なるほど、それを聞いて全ての謎が解けましたよ』

 何の話だ? それと某探偵の孫みたいな言い回しは止めろ。

『言ってみたかったもので・・・。話を戻します。例のごとく閉鎖空間の中に神人がいたのですが、その挙動が不可解だったんですよ』

 あれは、存在そのものが不可解だと思うがな。

『それを言ってしまったら身も蓋もないと思いますが・・・』

 んなことは良いから話を続けろ。

『では、その不可解な動きをする神人ですが、最初からそうではなかったんです。現れた時はいつもと同じように辺りを破壊していました。
 それがしばらくすると急に動きを止め、静かになりました。さらにしばらくすると・・・』

 古泉はそこで言葉を止めると、何かを考えるような声を混じらせてきた。

『あれはなんと言ったら良いのでしょうか・・・。そう、あえて言うならオロオロしているとでも言うのでしょうか』

 神人がオロオロしてたって!?

『そうとしか表現できないんですよ・・・。
 不信に思った僕たちは、新人の動きに警戒しながら近くに寄ってみたんです。
 そしたら何があったと思いますか?』

 古泉の声には明らかに楽しんでいる雰囲気があった。
 一体何があったって言うんだ。もったいぶらずにさっさと言え。
 俺がそう言うと、古泉はクスッと笑いやがった。こいつ、今絶対いつものあの笑みを浮かべていやがる。
 俺の反応を楽しんでいないで早く言いやがれっ!

『失礼しました。それでは言います』

 一拍置いて古泉は言った。

『貴方にも見せたかったですよ。
 体重計を前に挙動不審になっている、神人の姿を』







        Fin






      あとがき



 さて、いかがでしたでしょうか? 『a weighing machine』 をここにお届けしました。
 このSSは『涼宮ハルヒの2次創作』 様の1万HIT記念として贈らせていただきました。
 お目汚しになっていないか少々不安です(〃 ̄∇ ̄)
 開設当初からお邪魔しているわたしですが、キリ番を踏むのは難しいですね( ´Д`)ハァー
 こればかりは運ですもんね・・・(´Д⊂グスン
 ちなみに、『a weighing machine』 というのは重量を計るもの、つまり体重計を意味します。
 和製英語の『Health meter』でも良かったのですが、なんとなくこっちにしてみました(^▽^;)
 しかし、中編の作成をしないでなにやってるのか!? とお叱りを受けそうですが・・・
 仕方ないじゃないですか、ネタが思いついた上に調度1万HITだったんですから!
 と、言い訳をしておきますm(_ _)m(マテコラ
 それではこの辺で・・・
 失礼しますっ!(≧▽≦)