長門有希の依頼
「長門、頼みがある」
事の発端は俺が少しばかり見栄を張ったことだ。そのとき俺の隣にいたのは谷口と国木田だった。
いつもの俺なら聞き流すか否定するだろうが、そこに長門が関わってくると俺はついムキになってしまったのだ。
その日は週の終盤で時間は昼ご飯を食べる事のできる休憩時間の事だ。
「キョンは結局涼宮と付き合ってるのか?」
断じて違う。なぜお前達の口からはハルヒしかでてこないのだろうか。
「一番お似合いだからだ」
そう格好つけて言う谷口がモテないのは世間では常識の範囲だ。俺にはお前のその感性がわからないね。
「朝比奈さんや長門さんとはどうなの?」
「俺の見立てではキョンはやつらとはくっつかん。というかくっつかないでほしい」
なぜだ。ハルヒが良くて長門や朝比奈さんがいけない理由を述べろ。
「朝比奈さんはどうかないけど、長門さんはキョンに懐いてるよね」
「長門有希がA−であるためには断じてキョンとくっつくことがあってはならない。
それに俺はみんなが思ってるほど長門有希とキョンはなか良いとは思わん」
失礼な。俺と長門の仲と言ったらSOS団全員が羨むほどだぞ?
「ならさ、もちろん長門さんと遊んだりしてるよね?」
いや、約束して二人で遊んだことはないが。SOS団の集まりでは何度かデートの様なことをしたんだけどな。
「そんなんで仲良いとほざくのか?
一度でもちゃんとデートしてから仲良いとほざけ。まあきっと断られるだろうがな」
なんとなく俺は長門との絆を全て否定されたような気がして思わず言っちまったんだ。
「なら今週末にでも一緒にでかけてくるさ。長門は用事が無い限り俺からの誘いを断ることはしないだろうよ。
…、言っておくけどデートじゃないからな?」
内心、不思議探索がキャンセルできるか心配といえば心配だけどな。
「へぇ〜キョンは有希とデートするんだ」
っハルヒっ!いつのまに!??
「いつの間にでもいいでしょ?それより有希があんたとのデートをOKするかしら」
知らん。長門に聞いてみるさ。
こんなやりとりが昼休みにあったんだ。放課後長門の待つ部室へ急ぐと部室には長門しかいなく、冒頭の言葉へと続くんだ。
長門は本から目を離して俺の目をみる。
「今週末はなにか予定あるか?」
「事情は把握している」
よかった。長門はどうやら昼休みの出来事を知っていたようだ。
「そうか。助かったよ」
見栄張って赤っ恥かかなくてよかった。安心したぜ。さあて、今日も古泉の野郎でもオセロで叩きのめすかな。
「条件がある」
なぬ?それは今週末出掛ける条件という意味ですか?
「そう。わたしはあなたの頼みを聞いた。あなたもわたしの頼みを聞くべき」
まあ元から長門の頼みは最優先で聞くことが規定事項なんだけどな。で、条件は?
「わたしが次にあなたに頼みごとをしたときにどんなことであっても断らないでほしい」
まあそのくらいならな。あんまり無茶なことを言ったらだめだぞ?
「了承した」
さて、古泉がくるまでは週末を長門と何して過ごそうか考えることにする。ぶっちゃけこれってデートだよな?
デートなら遊園地にでも連れて行くべきなんだろうか?それとも長門がよろこぶ図書館にでも連れて行くべきか。
ガチャ
「おや、お二人だけでしたか」
そうだ。だからなんだ?そんなところに立ってないでさっさと座れ。
「それは失礼しました。週末のことで話し合っているならお邪魔したのかと思いまして」
っ!お前はどこまで知ってるんだ?
「涼宮さんが僕と朝比奈さんを緊急招集させましてね。教えてくれましたよ、昼休みの事を。そしてあなた方のデートを尾行することになりました。
僕からお願いがあるのですが、当日は気付かないフリをしてもらえませんか?」
まあそこいらは想定の範囲内だ。長門の力を使って撒いたらだめなのか?
「涼宮さんはあなたと長門さんがどの程度の仲なのかを知りたがっているようなのでできれば撒いてほしくはないですね」
そうかい。わかったよ。
「それと、あまりイチャイチャしないでくださいね」
俺と長門はそういう関係じゃあない!ベクトルが違うぞ!
「そろそろ涼宮さんがくるようですよ」
古泉の発言の通りにハルヒは爆音を撒き散らしてドアを開けた。
「やっほーー!!今日と明日は活動中止!今週は土曜じゃなくて日曜に探索するわっ!
じゃあ本日は解散っ!!」
それだけを叫んで豪快にドアを閉めて走って帰っていったハルヒの表情は消して不機嫌ではなかったハズだ。
「やれやれ、俺にはハルヒの考えてることはわからんよ」
「それは僕もですよ。最近思うんです。誰か自分じゃあない人の心を完全にわかることは決してできない、とね。
当たり前のことのようですが、とても難しい問題です。長年連れ添った夫婦間でもお互いを完全に知ることはできない。
もちろん僕もあなたもお互いを完全に知っているわけではない。わからなくて当たり前なんですよ」
また古泉の長ったらしい発言が始まったか。
「相手の事を完全にわかることは不可能です。そして人という生き物はわからない物事に対して信頼することはできない。
例えば僕が平気だから窓から飛び降りてくださいと言ってもあなたはそんなことをしないでしょう?」
確かにな。お前は信用するには足りない人物だ。
「しかしあなたは、長門さんの頼みなら窓から飛び降りることを厭わないはずです。
完全にわかりあうことはできない、つまり長門さんが何を考えているのか完全にはわかっていない状態でもあなたは長門さんを全面的に信頼している。」
まあな。長門には命を助けてもらったという非現実的な恩があるからな。
「恩だけではないはずです。正直に言いますとあなたがたの関係は僕から見てもうらやましいくらいの信頼関係ですよ。
涼宮さんはあなたがたがどこまでの信頼関係を知りたいんだと思います。土曜日の不思議探索を日曜日に延期したのは確認するチャンスだと思ったのでしょう。
そしてあなたが長門さんを信頼するように信頼して欲しいと思っています。
涼宮さんを刺激しないように節度を守って行動してくださいね」
では、といって帰っていく古泉。さてと俺も帰るかね。
ちょうどパタリと本を閉じた長門と一緒に下校をした。そういえば俺はハルヒの事を信用してないのか?根本的な部分では完全に信頼してるはずだけどな。
柔らかな春の日差しが優しく降りそそいでいる週末のこと。
俺は長門とデートをするべく太陽がおはようを言う頃には目を覚ましていた。
「さて、これで遅刻の可能性はなくなったわけだが、今日はどこへ連れて行ったらいいのか」
これがハルヒとなら遊園地だな。朝比奈さんとならデパートだ。お茶園などもありかな。
しかし長門となるとなぜか図書館しか思い浮かばん。
俺は朝食のトーストをほお張り、いつもどおりの服装に着替えて寝癖を少しだけ整えてから長門との待ち合わせ場所である駅前へと歩を進める。
「8時か、少し早すぎたかな」
待ち合わせは10時であるが、長門はいつもの不思議探索のときは常に一番最初に来ている(と古泉に聞いた)。
駅前に着くと、まあある程度は想定の範囲内ではあったが少し意外な事実を目の当たりにした。
長門がすでに待っていた。これは想定の範囲内。
長門は私服だった。それも本を読まずに待っていた。これは想定の範囲外。
いつもよりも少し幼く見える服装が似合うのは長門が3歳児なのと関係なくはないだろう。
「長門、もういたのか。少し早すぎないか?」
漆黒の瞳が俺を捉えて言葉を紡ぐ。
「早すぎない。デートとは、待ってる時間も含めてデート。問題ない」
問題ありすぎだぞ。何の本を読んだんだ。
「で、だ。今日はどこか行きたいところはあるのか?」
「……」
いや、首を傾げられても困るんだがな。
「図書館でも行くか?」
「行く」
いやに早い返答だったな。
「次回はあなたはわたしの言うことを全て聞くと確約してくれた。だから今回はあなたに尽くす」
尽くすって、そんな純粋な瞳でまっすぐと見られて言われても俺には照れる事しかできないぞ。
「だから今日はあなたの希望通りに」
かといっても俺にはどうしていいのやら。
「あなたは、あなたが思う行動を」
どっかで聞いたことのあるセリフをはいた長門は視線を俺からはずして無言のまま俺を置いて行くかのごとくさっそうと歩き始めた。図書館のほうへ。
図書館に入っていく長門を追いかけつつ、マナーモードにするべくズボンについている画期的な荷物置き場から携帯を出すと、「メール3件」の文字。
「なんじゃこりゃ」
1件目
涼宮さんと僕たちが尾行していることをお忘れないようにおねがいします。
2件目
ついさきほど発覚したことですが、谷口・国木田の両名も尾行をしているようです。
我々には気付いていないのでご安心を。
3件目
涼宮さんにとって期待はずれらしく、ストレスが溜まってきています。
そこで朝比奈さんからの伝言です。
『もう少しいつもと違ったことをしてはどうでしょうか』
つまり図書館でデートなんてするんじゃねえと言うことか。
俺は小型パソコンとも言えなくもなくなってきているソレを返信もせずにポケットに乱暴に入れて、長門を探す。
長門は大量の本に埋もれてチープなイスに腰掛けていた。
「長門、たまには図書館以外へ行かないか?この本は全部レンタルして長門の家においてからさ」
ワンテンポ考えたらしい時間をおいて長門は俺に視線を向ける。
「そう」
読書が名残惜しそうなのはあきらかだが、おそらく5名ともとられる人数に尾行されている状況にダメだしされている俺は引くには引けない。
「図書館へはいつでも付き合う。週2回までなら放課後にでも付いて行ってもいい。だから今日は少し出掛けないか?」
「了解した」
長門はそこにおいてあった本、およそ10冊程度をレンタルして長門の家に進む。
もちろん本日はデートということで無理やり俺が全ての本を抱えた。ぎっしり詰まった木の残骸は思いのほか重く、読書を否定された長門による重力の無効化は期待できないためにヘッピリ腰で歩を進める。
長門の家に着くと俺は疲れ果てて荷物をリビングに置くと座り込んだ。
いつの間にか長門が入れてくれたお茶が目の前にあったため長門に断りをいれて一気に飲む。
「ふう。さて、どこ行くか。やっぱりデートといったら遊園地か?」
「わたしはあなたが決めたことに否定はしない。あなたが独断で決めるべき。ほかに考慮する材料は見当たらない」
俺の好きにしていいって事か。このままここで長門と話しているだけでもある意味デートといえなくもないんじゃないかなんて思いつつも5人の探偵が外で待っていることを思うとでかけなきゃならん事を痛感させられる。
「じゃあまだ時間はあるし、とりあえず遊園地にでも向かうか」
「了解した」
「それと、もし嫌だったら遠慮なく嫌っていえよ」
長門が嫌って言うはずはないとは思いながらも一応言っておく。
「了解した」
まあその根拠は、漆黒の中で輝いている黒い瞳が期待に満ち溢れているように見えるからだろう。
長門にとっては遊園地へ行くことが楽しみであることとの自分勝手な解釈をしているから。
「じゃあ、行くか」